言わずと知れた超有名な観光名所です。“遺跡”とはいいますが、当時の宿やお役所などの街並みそのものを川越遺跡といいます。
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」というのは、とても有名ですね。
この“川越”、簡単に箇条書きで説明しますと。
・急流で危険なので、橋や船は禁止(幕府の命令)
・歩いて渡るための、手助けする職業(“川越人足”)が出来た
・参勤交代や旅行者など、通行料が増加
・順番や料金を定めるため、“川越制度”を設けた
・毎朝、川の深さによって、通行料が変わった。
・降水などで、増水し、歩いて渡れなくなると、通行を禁止(“川留め”)した
・そのため、通行を待つ人たちで、にぎわった。
・宿が出来た。
とまぁ、このような感じで、お役所、チケット売場など、いろいろな建物が出来たのです。それが残されて、“遺跡”として観光地化しているのです。なお、橋や船が禁止されたのは、政治的な目的があったという説もあります。
この通行料、たとえば、1人が肩車して、1人だけを運んだ場合、1枚分の“川札”が必要になります。この“川札”、たとえば、川の深さが脇まであると、現在のお金で、2,820円となります。
“蓮台越し”と言って、みこしみたいなモノに、お姫様を運ぶようなヤツ、これにもいろいろとランクがあるのですが、一番高価なモノになりますと、人手が20人に、“台”の代金が32人分の“川札”が必要になり、トータルで52人分の川札を購入する人用があったのです。現在のお金で計算すると、146,640円(約15万円!) となります。高っ!
この蓮台越しに使われた、“台”なども、この川越遺跡には展示されています。
なお、今のところ、遺跡内の建物は何十件かあるのですが、人が住んでいる所もあり、自由に見学できるのは、数件です。また、普通に自動車も走るし、自動販売機も見かけたりしますので、どっぷりとタイムスリップしたような雰囲気には浸れないのが残念です。
オススメな見方は、まずは、川越遺跡を何の知識もなく、ぶらぶらと歩いてみます。そして、島田市博物館に入って、少し知識をつけてから、再び、川越遺跡を探索するのです。
「川会所」。“お役所”です。大井川を渡る賃銭は、毎日その深さで変り、深さによって、値段を決定し川越札を発行していました。渡る人は、“川札”を購入し、それを“川越人足”に手渡し、人の肩や連台に乗って渡っていたのです。
「札場」。川越人足が、川を渡るときに受け取るのは、あくまでも“川札”なのです。それを現金に換金する場所が、ここ、“札場”なのです。
「朝顔の松」。博物館の横の公園にあります。これには物語があります。目が見えなくなった娘(朝顔)が川留めのため恋人に逢えない事に、半狂乱となり、大井川で身を投げます。しかし、運よく助かり、奇跡的に目が見えるようになったのです。その時初めて目に写ったのが大きな松の木でした。
その物語にふさわしい松の大木があったのですが、枯れてしまったそうです。今はお堂が立てられ、中に木碑にした松が奉られているそうです。
静岡県 都市景観賞優秀賞「川越街道とその周辺」の碑(1998年静岡放送株式会社)
「橋下仲間の井戸」(「つるべ井戸」とも言う)
「酒屋跡」。
「荷縄屋」。荷崩れした荷物を直したりする場所。現在は居住者あり。
「せぎ跡」。ここで水を食い止めた
「そば屋跡」。ここも人が住んでいます。
「秋葉神社」
「立合宿跡」。“立合人”とは川越しを待つ人を宿まで案内する役割の人。
「仲間の宿」。歳をとった“川越人足”が集まった宿
「一番宿」
「二番宿」
「六番宿」
「七番宿跡」
「十番宿」食事処(そば玄)
川越遺跡内にある蕎麦屋です。毎木曜日は「そばの日」で、11:00〜14:30まで“そば半額”となります。(月曜日定休日)イベント
7月上旬「大井川蓮台越」8月上旬「川留めまつり」
これらは、また、このブログで取り上げたいと思います。
データ
| 住所 | 427-0037静岡県島田市河原1-5-50 |
| 電話 | 0547-37-1000(島田市博物館) |
| 公開時間 | 8:30〜17:00 |
| 駐車場 | 博物館の駐車場30台(いずれも無料) |
| 問い合わせ | 島田市博物館 |
場所
(138.15582275390625,34.83135678699458)
